病気や怪我をした時、私たちが頼りにする病院。そこで働く看護師さんは、医療を支える不可欠な存在です。しかし今、日本中で「看護師が足りない」という深刻な事態が進行しています。
厚生労働省の推計では、2025年には約27万人もの看護師が不足する可能性があるとされています。なぜ、これほどまでに看護師が減っているのでしょうか?「仕事が大変だから」という一言では片付けられない、日本の医療が抱える「2つの危機」について、現場の声とデータから分かりやすく解説します。
現場で起きている「負の連鎖」:なぜ看護師は辞めてしまうのか?
一つ目の危機は、今働いている看護師たちが次々と職場を去ってしまう「現場の危機」です。そこには、個人の努力ではどうにもならない構造的な問題があります。
「1年で58人が退職」という衝撃の現実

看護師不足が引き起こす最大の問題は、残されたスタッフへの負担増です。 ある現役看護師の報告によると、勤務先の病院では「昨年1年間だけで58人が退職した」といいます。
本来であれば18人の看護師で回すべき病棟を、わずか12人で対応しなければならないケースも出ています。これが引き起こすのが、「負の連鎖」です。
- 人が足りず、業務が激務になる。
- 「患者さんに優しくしたいのに、忙しすぎて余裕がない」と自分を責める。
- 心身ともに限界を迎え、さらに人が辞める。
- 残った人の負担がさらに増える……。
この悪循環が多くの病院で起きており、現場は悲鳴を上げています。

責任は重いのに…給料が「下がっている」事実
激務であっても、それに見合う給料がもらえれば踏みとどまることができるかもしれません。しかし、データは逆の現実を示しています。
東京地方医療労働組合連合会(東京医労連)の調査によると、衝撃的な数字が明らかになりました。
- ボーナス(年末一時金): 前年に比べて平均7,262円の減少
- 年収(35歳モデルケース): コロナ禍前の2019年と比べ、2024年は約22万円も減少
コロナ禍での補助金終了や物価高の影響がある一方で、給料は上がるどころか下がっているケースさえあるのです。「命を預かる責任」と「待遇」のバランスが崩れていることが、離職の大きな原因となっています。

病院が給料を上げられない「構造的な理由」

ここで一つの疑問が浮かびます。「人手不足なら、病院側が給料を上げて人を集めればいいのでは?」と。 しかし、これには日本の医療制度ならではの「診療報酬(しんりょうほうしゅう)」という壁が立ちはだかっています。
ラーメン屋は値上げできても、病院はできない

例えば、ラーメン屋さんは小麦粉の値段が上がれば、ラーメンの価格を上げて利益を確保し、スタッフの給料を上げることができます。 しかし、病院はそうはいきません。医療行為の価格(定価)は、国が定める「診療報酬」によって決められているからです。これを「公定価格」と言います。
病院が独自に「人件費を上げたいから診察代を高くします」と決めることはできません。特に救急などを受け入れる病院は人件費率が高く、国の制度が変わらない限り、大幅な賃上げの原資を作ることが構造的に非常に難しいのです。
未来の担い手が消える?「養成所閉鎖」の危機

今いる看護師が辞めてしまうだけでなく、これから看護師になる人が減っているという**「育成の危機」**も同時に進行しています。これは、将来の私たちにとってさらに深刻な問題です。
学校が生徒を集められず、次々と閉校へ

全国各地で、看護師を育てる「看護専門学校」の閉校が相次いでいます。
- 埼玉県(蕨戸田市医師会看護専門学校): 昭和39年からの歴史があるものの、定員割れにより令和10年の閉校を決定。
- 京都府(舞鶴医療センター付属看護学校): 定員40人に対し入学生が12人にとどまり、学生募集を停止。
日本医師会の調査によれば、専門学校の定員充足率(定員に対してどれくらい生徒が入ったか)は、**准看護師課程で平均53%、看護師3年課程でも平均75%**まで落ち込んでいます。
「地元の学校がなくなる」ことの本当の意味

この背景には、少子化による若者の減少に加え、看護師を目指す学生が「専門学校」よりも「大学」を選ぶようになった(大学志向)という変化があります。
これがなぜ問題なのでしょうか? 実は、「地元の専門学校を卒業した看護師は、地元の病院に就職して地域医療を支える」という強い傾向があるからです。
地元の学校がなくなると、若者は都市部の大学へ進学し、そのまま都市部で就職してしまいます。その結果、地方の病院には新しい看護師が入ってこなくなり、地域の医療が崩壊してしまうリスクが高まるのです。

まとめ:私たちの命を守るために必要なこと

日本の看護師不足は、単なる「人手不足」ではありません。
- 過酷な労働と報われない賃金による「現場からの流出」
- 学校の閉鎖と若者減少による「未来の供給不足」
この2つの危機が同時に進行しているのが現状です。 医療団体は、国に対して「賃金の引き上げ」や「診療報酬の改善」、「養成所への支援」を強く求めています。
看護師不足は、医療現場だけの問題ではありません。私たちや、私たちの家族が病気になったとき、十分な医療を受けられるかどうかに関わる「社会全体の課題」です。 「医療現場で何が起きているのか」を知り、この問題を社会全体で支えていく意識を持つことが、解決への第一歩となるはずです。

参考元
- 「1年間に看護師58人退職」の病院も…“負担増・ボーナス減”止まらない負の連鎖 東京医労連が処遇改善訴え会見|弁護士JPニュース
- 各地で看護師等養成所の定員割れが深刻化 国と自治体に対応を強く求める|日本医師会
- 看護学校相次ぐ閉校 少子化・大学志向加速 地域医療に影響も|産経新聞社
- もはや病院の集約化もやむを得ない… “救急医療”の現場で「看護師不足」が深刻化する根本的な理由


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