看護師の働き方や離職の問題は、これまで何度も議論されてきました。しかし、現場で働く私たちにとって「やりがい」や「使命感」といった言葉だけで片付けられることへの違和感は、日に日に大きくなっているのではないでしょうか。
日本看護協会が発表した直近の調査(会員から層化無作為抽出を行い、病院勤務者を中心に4,430人が有効回答した実態調査)のデータを読み解くと、看護師が直面している“リアルな限界”が数値として明確に表れています。
本記事では、ただの全体統計の紹介にとどまらず、なぜこれほどまでに現場で「働き続けにくい」と感じるのかを、調査結果をもとに現場の視点から紐解いていきます。
看護師が「もう続けたいと思えない」と感じる空気が確かにある
2025年看護職員実態調査で見えた“働き続けたい気持ち”の低下
看護師の離職を語るうえでまず注目すべきは、現場全体の「働き続けたい気持ち」が確実に低下しているという事実です。
今回の調査において、今後も「看護職として働き続けたい」と答えた人は62.9%でした。これは、2021年の同調査における67.6%から明らかな低下を示しています。過半数は維持しているものの、現場の空気を肌で感じている看護師からすれば、この約5%の低下は決して見過ごせる数字ではありません。
特にしんどさが濃く出ていたのは若手と病院勤務者だった
この「働き続けたい」という意向の低下は、すべての層に均等に起きているわけではありません。年代別に見ると20〜30代の若手層で相対的に低く、勤務先別では病院勤務者において低い傾向が示されました。
これから医療現場の最前線を長く担っていくべき若手や、夜勤や重症患者のケアを担うことの多い病院勤務の看護師ほど、将来への継続意向が揺らいでいるのです。これは個人のモチベーションの低下としてではなく、特定の層に業務のしわ寄せや負担が集中している構造的な問題として捉える必要があります。
やりがいが消えたのではなく、続ける条件が崩れている
「最近の看護師はやりがいを感じていないから辞めるのだ」といった感情論で片付けるのは、実態から目を背けることになります。働き続けるために重要視された条件の上位は、「業務や役割、責任に見合った賃金」「休みの取りやすさ」「職場の人間関係」「希望する働き方ができる」でした。
つまり、看護という仕事そのものへのやりがいが消えたわけではなく、それを支えるための「処遇」や「勤務設計」といった基本的な労働条件が、現場が求める水準を満たしていないために継続が困難になっているのです。精神論ではなく、物理的な環境整備が問われています。
看護師の離職は給料だけでは語れない。でも給料の問題はやはり大きい
| 現場が求める条件(上位) | 現状の課題・実態(調査結果より) |
| 業務・責任に見合った賃金 | 基本給の増加は2012年比で約5,800円増にとどまり、手当依存が強い |
| 休みの取りやすさ | ギリギリの人員配置により、気兼ねなく休める環境が確保されていない |
| 希望する働き方ができる | 「夜勤の曜日・回数」を選べないため、子育て世代などの離職に直結している |
| 職場の人間関係 | 精神的な余裕のなさがコミュニケーション不全を生み、離職の引き金に |
責任に見合った賃金がほしいという声は、わがままではない
看護師の働き方を考えるうえで、賃金の話を避けて通ることはできません。人の命を預かり、高度な専門知識と技術を要求され、時には自身の心身を削って業務にあたる中で、その重い責任に見合った対価が得られていないという実感は、多くの看護師が抱えています。
調査結果で「業務や役割、責任に見合った賃金」が継続条件の上位に挙がっているのは、単なるわがままではありません。仕事の過酷さと報酬のバランスが崩れていることに対する、現場からの切実な声です。
処遇改善は進んでいるようで、現場の実感とはまだズレがある
看護師の処遇改善については、国も全く動いていないわけではありません。厚生労働省の「看護職員等処遇改善事業」により、一定の役割を担う医療機関の看護職員を対象に、月額4,000円(収入の1%程度)を引き上げる措置が始まりました。日本看護協会もさらなる処遇改善を国に強く要望しています。
しかし、現場の感覚からすると「改善策がゼロではないが、実感には追いついていない」というのが本音ではないでしょうか。物価の上昇や業務の複雑化が進む中で、この程度の引き上げでは、現場の疲弊感を払拭するほどのインパクトにはなっていません。
基本給が上がらないままでは「続ける理由」は弱くなる
さらに構造的な問題として、給与の内訳があります。2024年の日本看護協会の調査では、病院勤務の正規フルタイム・非管理職看護師の平均基本給月額は26万451円、平均税込給与総額は38万2,093円でした。
これを2012年調査と比較すると、給与総額は約3万円増加しているものの、基本給の増加はわずか5,868円にとどまっています。つまり、給与引き上げの多くは夜勤手当などの各種手当に依存しており、ベースアップが十分に行われていないと協会も整理しています。体力のあるうちは手当で補えても、基本給そのものが上がらない仕組みでは、将来的な安心感を持てず「長く働き続ける理由」がどうしても弱くなってしまいます。
夜勤ができない、続けられない―そこに甘えではなく事情がある
| 夜勤を担える・続けられる条件 | 夜勤をしていない最大の理由 |
| 1位:納得感のある夜勤手当 (41.4%) | 1位:子どもの世話 (36.3%) |
| 2位:夜勤明け翌日が必ず休日 (39.7%) | ※この層が夜勤可能になる条件として「曜日を選択できる(47.6%)」「月あたりの回数を選択できる(39.4%)」が上位。 |
| 3位:十分な休憩・仮眠が確保できる (35.6%) | 個人の努力ではなく、柔軟なシフト設計が鍵。 |
夜勤明けに休めない、休憩も取れないでは身体がもたない
看護師の夜勤問題は、離職に直結する深刻な課題です。2025年の調査では、病院勤務者の夜勤中の休憩・仮眠時間が規程よりも短い回答が多く、実際には十分に休息が確保されていない現状が浮き彫りになりました。
夜勤を担える、あるいは続けられる条件の上位に「納得感のある夜勤手当(41.4%)」だけでなく、「夜勤明け翌日が必ず休日(39.7%)」「夜勤中に十分な休憩・仮眠が確保できる(35.6%)」が入っています。「夜勤がつらい」という感情の裏には、安全に働き続けるための最低限の休息すら保障されていないという、過酷な労働環境があります。
子育て世代の看護師ほど“夜勤の壁”にぶつかりやすい
夜勤に入れない理由として最も多かったのが「子どもの世話(36.3%)」です。特に子育て世代の看護師にとって、不規則な長時間夜勤と家庭生活の両立は極めて困難です。
保育施設の開所時間や家族のサポート体制など、個人の努力だけではどうにもならない制約があります。こうした背景を無視して「夜勤ができないのは困る」と圧力をかけるような職場では、経験豊富な看護師が離職を選択せざるを得なくなります。
夜勤回数や曜日を選べるだけでも、働ける人は増える
では、どうすれば夜勤の負担を減らし、働き続けられるのでしょうか。夜勤をしていない層が夜勤可能になる条件として、「夜勤を行う曜日を選択できる(47.6%)」「月あたりの夜勤回数を選択できる(39.4%)」が多く挙げられました。
実際、2024年の病院看護実態調査でも、夜勤者確保策として効果的だったものに「夜勤専従の導入(45.7%)」や「多様な夜勤の導入(回数・時間・曜日)(24.6%)」が挙がっています。個人の無理や犠牲を前提にするのではなく、勤務設計に柔軟性を持たせるという「仕組みの改善」こそが、今の現場に最も求められている建設的なアプローチです。
人手不足より先に見なければいけないのは、人が削られていく職場の構造
休みの取りにくさと人間関係は、静かに心を削る
看護師の働き方を難しくしているのは、目に見える業務量だけではありません。調査において、働き続けるために重要視された項目として「休みの取りやすさ」や「職場の人間関係」が上位に入っている事実は重く受け止める必要があります。
人員に余裕がなく、希望する日に有給休暇を取得することすらためらわれる環境は、慢性的な疲労を生みます。そこに、コミュニケーション不全や人間関係のストレスが重なれば、肉体的にも精神的にも回復する余地がなくなり、静かに確実に心を削られていくのです。
一人ひとりの頑張りで回す職場ほど、限界が見えにくい
現在の医療現場は、個人の強い使命感や「自分が休めば他のスタッフや患者さんに迷惑がかかる」という責任感によって辛うじて回っているケースが少なくありません。
しかし、一人ひとりの無理な頑張りを前提とした職場は、表面的には業務が回っているように見えても、内部では限界が近づいています。誰か一人が倒れたり辞めたりした瞬間に、ドミノ倒しのように崩壊する危うさを孕んでおり、これは組織として極めて不健全な状態です。
辞める人を責める前に、辞めたくなる仕組みを見直したい
現場を離れる決断をした看護師に対して、「根性がない」「無責任だ」といった言葉が向けられることも過去にはありました。しかし、人が定着しないのは個人の資質の問題ではなく、職場環境という「仕組み」の問題です。
人が削られていく構造を放置したまま採用活動だけを強化しても、穴の空いたバケツに水を注ぐようなものです。辞めていく人を責めるのではなく、なぜこの職場を離れたくなるのか、その根本的な労働環境の設計に目を向ける必要があります。
患者さんからの暴言、上司からの圧、医師との関係―看護師は想像以上に傷ついている
| 被害の内容(複数回答) | 割合 | 加害者(複数回答) | 割合 | |
| 精神的な攻撃 | 76.0% | 患者・利用者 | 69.3% | |
| 意に反する性的な言動 | 65.4% | 上司(看護職) | 43.0% | |
| 身体的な攻撃 | 51.2% | 医師 | 31.7% |
ハラスメントは一部の特殊な出来事ではなく、日常の中にある
看護師のハラスメント被害は、決して一部の不運な事例ではありません。2025年調査では、過去1年間に就業先で暴力・暴言・ハラスメントを受けた経験がある看護職員は49.3%にのぼりました。およそ半数の看護師が何らかの被害に遭っているという事実は、ハラスメントが日常の業務の中に潜んでいることを示しています。
「看護師だから我慢して当然」「病気で苦しんでいる患者さんのことだから仕方ない」という暗黙の了解が、現場の被害を長らく見えにくくしてきました。
精神的な攻撃が積み重なると、仕事への誇りまで削られていく
被害の内容を具体的に見ると、「精神的な攻撃」が76.0%と最も高く、次いで「意に反する性的な言動」65.4%、「身体的な攻撃」51.2%と続きます。また、加害者の内訳は「患者・利用者」が69.3%、「上司(看護職)」が43.0%、「医師」が31.7%の順となっており、患者やその家族からの割合は過去の調査よりも上昇傾向にあります。
理不尽な要求や暴言、他職種からの高圧的な態度は、看護師が傷つく大きな要因です。こうした精神的な攻撃が繰り返されると、業務へのモチベーションだけでなく、看護師としての誇りそのものが奪われてしまいます。
看護師を守る仕組みが弱い職場ほど、離職は止まらない
この現状に対して、制度面でも動きはあります。厚生労働省は、患者や家族からの暴力・ハラスメント対策に向けた学習教材を公開し、訪問看護においては防犯機器整備に地域医療介護総合確保基金を活用できる仕組みを案内しています。また日本看護協会も、国による防止策の強化を強く要望しています。
現場レベルでも、「個人で耐える」のではなく「組織として対応する」体制への転換が急務です。職員を守るための具体的なマニュアルや、毅然とした対応をとれる仕組みが整っていない職場では、見切りをつけられても仕方がありません。
それでも看護師を続けたい人は多い。だから必要なのは根性論ではなく選べる働き方だ
短時間勤務、夜勤専従、複数の働き方を持つという選択
看護師の離職を防ぐ有効な手立ては、「多様な働き方の選択肢」を用意することです。2024年の病院看護実態調査によれば、正規雇用看護職員に対する「短時間勤務正職員」の導入率は31.9%に達し、新卒採用者の離職率も8.8%へと改善の兆しを見せています。
また、2025年調査では、今後複数の仕事を持つことに興味がある人が36.9%となり、「ない(29.2%)」を上回りました。副業というよりは、病院勤務の傍らで患者宅への訪問看護に関わったり、専門性を活かした院内コンサルテーションや他施設への出向など、自分のスキルを分散配置するキャリアへの関心が高まっています。
全員を同じ働き方に押し込める時代はもう終わっている
これまでの医療現場は、「フルタイムで働き、夜勤もこなす」という単一のモデルを全職員に求める傾向がありました。しかし、ライフステージの変化や価値観の多様化が進む中で、全員を同じ枠に押し込めるアプローチはすでに破綻しています。
「週5日のフルタイムは厳しいが、週3日なら高いパフォーマンスを発揮できる」「日勤のみ、あるいは夜勤専従であれば働き続けられる」といった個別のニーズを拾い上げ、一つの職場に閉じない働き方を受容する柔軟性が求められています。
続けられる職場は、優しい職場ではなく“設計された職場”
看護師が定着する職場とは、単に雰囲気が良く「優しい言葉をかけてくれる」職場ではありません。ライフスタイルに合わせた勤務形態が選べ、夜勤回数が調整でき、ハラスメントに対する防御策がシステムとして組み込まれている「制度が設計された職場」です。
個人の頑張りや善意に依存するのではなく、継続を可能にするロジカルな勤務設計こそが、最大の定着支援となります。
看護師が働き続けられる職場に必要なのは、気持ちを支える言葉ではなく具体策
賃金
責任と業務量に見合ったベースアップが必要です。手当による一時的な補填ではなく、基本給そのものの引き上げがなければ、将来を見据えて長く働き続けるための安心感は生まれません。
勤務設計
夜勤の回数や曜日の選択、夜勤専従や短時間正社員など、画一的ではない働き方を整備すること。そして、夜勤中の十分な仮眠と、夜勤明けの確実な休日の確保という、心身を回復させるための絶対的なルールが不可欠です。
ハラスメント対策
患者・家族からの暴言や暴力、職員間のハラスメントに対して、組織として毅然と対応する仕組みを作ること。看護師個人に我慢を強いるのではなく、安全に業務を提供できる環境を確保することは管理側の義務です。
休暇の取りやすさと人員配置
希望通りに休みが取れる状態を作るためには、ギリギリの人数ではなく、休暇取得を前提とした余裕のある人員配置が必要です。休みを取ることが「他者への迷惑」にならない組織づくりが求められます。
2025年看護職員実態調査を読んで、現場の看護師として思うこと
限界まで頑張れる人を前提にした職場は、もう続かない
調査結果から浮かび上がったのは、やりがいを見失ったのではなく、心身の安全が守られない環境に疲弊しきった現場の姿でした。強い精神力と体力を持つ「限界まで頑張れる一部の人」だけを標準モデルにした職場は、これからの時代、確実に回らなくなります。
看護師不足を語るなら、まず辞めたくなる理由に向き合うべき
看護師不足を解消するために、ただ新規採用の人数を追うだけでは根本的な解決には至りません。「なぜ6割の看護師しか『働き続けたい』と思えなくなっているのか」という不都合な真実に直視し、給料、夜勤の負担、ハラスメントといった「辞めたくなる理由」を一つずつつぶしていく地道な制度改革が必要です。
看護師が辞めない職場は、患者さんにとっても安全な職場だ
看護師の処遇改善や働き方の見直しは、決して看護師だけを優遇してほしいという主張ではありません。疲弊していない、心身ともに健康な看護師が定着している職場こそが、ミスを防ぎ、患者さんに質の高い安全な医療を提供できる基盤となります。
働き続けられる環境をつくることは、最終的に患者さんの命と尊厳を守ることに直結しているのです。
参考元一覧
- 日本看護協会 プレスリリース・調査資料
- https://www.nurse.or.jp/home/about/newsrelease/index.html?utm_source=sns&utm_medium=x&utm_campaign=20260331_02
- https://www.nurse.or.jp/home/assets/20260331_nl02.pdf
- https://www.nurse.or.jp/nursing/assets/103.pdf
- https://www.nurse.or.jp/nursing/statistics_publication/publication/research/index.html
- https://www.nurse.or.jp/home/assets/20250624_nl02.pdf
- https://www.nurse.or.jp/home/assets/20250331_nl1.pdf
- https://www.nurse.or.jp/home/assets/20250313_nl01.pdf
- https://www.nurse.or.jp/home/assets/20250616_nl01.pdf
- 厚生労働省 関連資料
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